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「麦秋」賛
ひっさしぶりに映画を観た。DVDでだけど...。
小津の「麦秋」。何度観たかなぁ。ちなみに小津の作品は現存する作品は全て初見時にパリの映画館で観た。フラリと入った小さな映画館で衝撃を受け足繁く通って全作品(くどいけれども「現存する」ということです)をみた。戦前のサイレント時代の小津作品は大部分が散逸してしまっているか、あるいは処分されてしまって存在しない。どこかの映画館の片隅に眠ってはいないのか。例えば幻と言われていた「突貫小僧」と言う作品は(記憶が確かならば)どこかの旧家の納屋だったかで10年ほど前に発見されて驚きを持って紹介された。
(ネタバレに敏感な方で「麦秋」を未見の方は以下の文にご注意。)
そうそう、「麦秋」。大好きな一本。何でもない家族の何でもない日常を描いている。...と言われている。しかし本当は何でもない日常どころか、「死」や「離散」といったテーマが研ぎ澄まされた小津のまなざしが日常のほのぼの生活を逆照射するように切り取ってゆく。例えば、このシーンはもっとも好きなシーンのうちの一つなのだけど、映画の中盤でそれまで全くエピソードの中に登場してこなかった主人公紀子の弟(あるいは兄?)が戦争から帰ってきていないことを我々は突然知らされる。それもドラマチック知らされるのではなく近所のおばさんがお茶のみ話の弾みで「そうえいば」という感じで話し始める。僕たちは打ちのめされる。しかもその母は今でもラジオ放送で生還者を知らせる番組を毎日聞いていることを話す。「え、でもそんなシーン一度もなかったじゃん!」我々はまたまた打ちのめされる、このほのぼのとした家族がそんな風に死と共存していたのかを知って。僕たちはこの家族のまだ語られていないかもしれないエピソードを意識させられたまま、その日常を追って行くことになる。
恐ろしい映画だな。映画ならではの恐ろしさと言うべきか。